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鉄道技術展2015 [日本の鉄道]

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第4回目を迎えた鉄道技術展に今回も出かけました。今回の鉄道技術展は、私にとってとても印象深いメッセとなりました。前の3回と大きく変わった点は、初めて鉄道に関わるデザイナーが一堂に集まるデザイナーズイブニングという催しを行ったことです。
この催しは2部構成で1部には日本の鉄道デザインの草分けでもある100系新幹線などのデザインを手がけた木村氏と松本氏に国鉄時代のデザイン黎明期から現在に至る変遷についての話を聴くことができました。
第2部は懇親会形式で車両メーカー、材料メーカー、デザイン事務所などのデザイナー、エディター、ライターさんなどが一堂に集まり、デザインの切り口で様々な問題や思い出話に華を咲かせることができたこと。またこれを通じて新しく知り合いになれる機会が持てたことです。

そんな前振りもあって、今日の最終日には幾つかのメーカーのブースでじっくりと担当デザイナーの方から直接お話しを伺うことができました。

[近畿車両]
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近畿車両は、毎回鉄道技術展の注目を浴びるメーカーの1つです。今回は、仙台市営地下鉄とJR四国で試験運転を始める蓄電池車両のモデルを転じていました。例年は、ショーモデル的な意味合いを持つ未来の提案になるようなモデルの展示でしたが、今回は現実的な車両のモデルであったところが印象的でした。

[J・TREC]
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旧東急車輌から社名が変更されて久しいJ・TRECは、1/1モックアップの展示を行っていました。山手線で試験運転中のE235系をさらに発展させた技術とデザインを施したもので横長の大型液晶パネルや蛍光素材を使ったつり革など実物大モデルならではのリアリティを感じる展示内容でした。嬉しかったのは車内照明がLED化されたこともあり、輝度が高くなったことで間接照明が可能になったことです。また車内照度を計測して自動的に明度を変化させる機能がついたりと、周辺環境に合わせて車両自体が利用者に対して最適化させる進化を遂げていることでしょうか。


画像はありませんが、三菱重工のブースでは、最新の大宮ニューシャトル車両の実物展示がありました。すでに本線では営業運転が始まったと聞いています。


もう一つ、今回はドイツに焦点を当てたメッセとなり、ドイツメーカーのパビリオンを会場中央にまとめて設置されていました。そこに今回ドイツから唯一デザイン事務所としてTRICON DESIGN AGがブースを構えたのは、きっと車両メーカーのデザイナーの方々には刺激があったことと思います。私も旧職場の同僚と久しぶりの再会を果たすことができました。TRICON DESIGNは、車両メーカーのPFA社のデザイン室が独立したデザイン事務所で、設立時は私も含めて4名のデザイナーで始めた事務所でしたが、今では世界中に顧客を持つ大きなデザイン事務所に成長しています。


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実は今回少子高齢化と人口減少の激しい地方の鉄道について「鉄道を中心とした地域創生」をテーマにセミナーがありました。
東北の津波被害で不通となった路線をBRTで再生させたJR東日本のプロジェクト、NHKの朝ドラ「あまちゃん」でも有名な三陸鉄道、そしておそらく現在日本で一番有名な第三セクターでもある鳥取の若桜鉄道の山田社長の取り組みを拝聴した後、私を含めた4名のパネラーによる話題提供とディスカッションを行いました。

私にとっては勉強になることばかりで、私自身は伝えたいこと全てが伝わったか非常に不安になりますが、ここ数日その準備で出し切ったことは確かなので、帰りの武蔵野線ではつい降り過ごしてしまいました。

規模も出展数も過去最大とのことで、毎回拡大を続ける鉄道技術展ですが、華やかさも毎回拡大し、様々なジャンルの人々が集う鉄道関連メッセとなったことは確かなようです。これはおそらく今後も続くのではないかと思うところですし、そうなるべきメッセと感じた次第です。

一つだけ残念だったこと:様々なイベントがあり、ブースをくまなく見ることができなかったことです。

参考サイト:鉄道技術展2015
http://www.mtij.jp

伊香保に来た伊香保電車 [日本の鉄道]

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今年2月に修復作業を終えた伊香保電車が渋川市内で市民向けに数時間のお披露目を行ったことを紹介したが、その後の姿を昨日、快晴の土曜日に安住の地に居る伊香保温泉迄見に行くことが出来たのでその姿を紹介したい。

伊香保電車が鎮座している場所は、伊香保温泉街の入口にあたる「伊香保」交差点脇にある。残念ながら近くに駐車場がないので、石段街前の駐車場が満車だったので、その先の市営駐車場にクルマを停めて、そこから徒歩で10分程度歩くことになった。途中、道路から少し外れる小径との分かれ道となるが、この小径は以前伊香保電車線路跡だとのこと。レールは外されているがちょっとした生活道路になっているような趣である。その小径を暫く進むと正面に保存されている伊香保電車が見えて来た。(上画像参照)

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伊香保電車の保存整備されている場所は、以前も線路があった場所と重なり旧線が1部保存整備された状態である。電車が鎮座している場所には、この場所で田部井氏撮影の写真付の説明板が設置されいて、その解説と共に車体と台車を寄贈したお二方のお名前もしっかり記されてあった。

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電車は、伊香保電車が走っていた頃の雰囲気に合わせた木造屋根を持つ場所に鎮座し、強い日差しや風雨から保護されている。
2月の渋川での移動中の状態と変わったところは、何と言っても屋根上の集電ポールが設置されたこと。車体を支える金属製支柱が新たに設置されたことであろうか。台車の外側に設置された支柱は視界に入ってしまうので、何とか台車の内側に設置することは出来なかったであろうか。
それをおいても、この電車が今にも動き出しそうな雰囲気であることには相違なく、渋川の個人宅からあった時代を見て来た私には感慨深い思いである。

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旧線と伊香保電車車体が一体に近い状態で保存された今回の取組みは、伊香保温泉にとって大きな財産になると思う一方で、観光の中心でもある石段街入口からのアプローチがこの電車を見に来る観光客にとってとても歩きやすい状況とは思えないのは残念と感じた。それは石段街から決して広くて歩きやすいとは言えない歩道を歩かなければならないことなどである。それは温泉街の風情とはほど遠い。例えば、旧線を設置しているこの場所から道路を跨いで旧線跡の小径に線路と石畳を敷き直すことで、そこに電車が走らずとも、電車のあった時代をイメージさせるには充分な空間をつくる素敵なアプローチになるだろうと思う。
折角の伊香保電車であるから是非とも沢山の伊香保温泉を訪れる人々の記憶に留める保存を今後とも進めて欲しいと思うのである。

伊香保電車の展示 in 渋川 [日本の鉄道]

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丁度一週間前の土曜日のことである。以前当ブログでも紹介した渋川の個人宅で保存されていた伊香保電車27号が渋川市に寄付されたことで、それまでなかった下回りを装着するなどの整備を受けていた同車が最終的な保存先である伊香保温泉へ向かう途中、渋川市街地で数時間だけ市民にお披露目を兼ねた展示が行われた。画像は、トレーラーに載せられた27号。

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車両を見て最初に、色が若干違う...と感じた事である。もちろん私が生まれる前に廃線となったこの鉄道は、オリジナルの色を知る術もない。会場でこの車両のレストアに携わった方にお聞きしたところ、今回塗り替えられた塗装色が正しいとのこと。ボディの腰上部分のクリームは以前より黄色味が強く、腰下の茶色は少し明るい印象である。

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変わったところと言えば、サボもそうである。以前は黒地に白色文字であったが、正しくは白地に黒文字とのこと。ニクいのは前後に新たに加えられた行先表示板が伊香保温泉方面には「伊香保行」で渋川方面には「渋川行」と表示されている。
まだ屋根上の集電装置は未装着である。

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この電車に新たに装着された台車は、オリジナルと同形の台車をわざわざ探して見つけたとのこと。

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ちょっとボケてしまっているが、床下を覗いたところ。個人宅の庭に50年以上設置されていたにも関わらず、床下を見る限り非常に良好な状態であることがわかる。この電車は、ボディが完全木造。鋼鉄製部分は、台車。そしてそれとボディを繋ぐ金具のみである。残念ながらモーターや駆動ギア部分などは未装着である。静態保存なので致し方ないのかも知れない。

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暫くの展示から再びトレーラーに牽かれて一路伊香保温泉に向かう電車を渋川に残る歴史的建造物をバックに撮影したのが上画像。この電車が走っていた同じ道をトレーラーに載りながら走り去る姿は、少しだけであるが、50年以上前の姿を思い起こさせてくれる光景であったのかも知れません。

これからこの電車は伊香保温泉で設置整備を進め、正式に保存設置される日を楽しみに待ちたいと思う。

鉄道技術展 2013 [日本の鉄道]

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2年に1度「鉄道技術展」が開催されるようになって3回目の今年も、今日迄の3日間幕張メッセで行われた。毎回この展示会に出掛けているが、訪れる度に出展社が増え規模が大きくなっているのが目に見えて理解出来る。元々ベルリンで2年に1度行われている鉄道メッセに対して日本でもそれを目指して行うようになったと聞いているが、規模的には遠く及ばないものの、出展社や訪問者数の伸びは目を見張るものがある。この技術展は専門メッセのため、鉄道業界関係者やジャーナリストのみに開かれたもので、今回は鉄道デザインのセミナーのある最終日の今日訪れることにしたのである。

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▲ 入口左側ホール

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▲ 入口右側ホール

入口近くにある大きなブースは川崎重工で、今回は新型台車の実物を置くのみに留めており、車両についてはパネル展示に留めていたのは少し寂しい気がした。

[近畿車両]
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▲ 北米向けLRV原寸大運転台モデル

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▲ 充電式LRV 1/20スケールモデル

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▲ ハイブリッド蓄電池駆動レールカー 1/20スケールモデル

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▲ 仙台市地下鉄新型車両(リニアモーター) 1/20スケールモデル

もう1つの常連出展車両メーカーである近畿車両は、期待に応える新しい提案やスケールモデル、また北米で実現する原寸スケールのLRV運転台が展示されていて訪問者の人気を博している。やはりモデルは訴求力と説得力があると思う。

その他多くの出展社の感想を記しても長くなるだけなので、以下画像とその説明のみにしたい。

[三菱重工+GKデザイン]
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▲ ゆりかもめ向け車両エクステリア(1/1モックアップ?)

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▲ ゆりかもめ向け車両インテリア(モックアップ?)

この車両のシートは(車内に立ち入れない)モックアップ?とは別に座ることが出来るものも用意されており座ってみたが、ハイバックシートの効果もあって見た目と共に座り心地の良さをすぐに感じられた。

[J-TREC]
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▲ 通勤用車両インテリアモデル(1/20)

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▲ 新しいつり革のデザイン(1/1)

[東京メトロ]
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▲ 東京地下鉄初の100形車両のエクステリアとインテリアモデル

[ALSTOM]
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▲ フランス・ボルドーで実現されている架線レストラムの1/20スケールモデル

[Nippon Plasser]
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▲ Plasser & Theurer社の日本法人ブースでひときわ訪問者を注目を集めていたのがこれ。Vissmann社製H0サウンドファンクション付きレール施設車両モデル。何とシステムはメルクリン3線式。

今回の鉄道技術展は、海外メーカーの出展が大規模になって来ていること。それもヨーロッパの展示システムに近いイメージになっていて商談コーナーを別に用意し、お茶やお菓子でもてなす体制が整っていることなど日本メーカーも出展ブースそのものに少なからず刺激があったように思う。世界の3大鉄道車両メーカーと言われるドイツのSIEMENS社、カナダのBOMBARDIER社は出展がなかったものの、フランスのALSTOM社は日本法人を数ヶ月前に設立し、今回は初めて大きな独自ブースを持った。これは日本の市場をターゲットの1つに狙ったものであろう。(前回はフランス商工会議所の敷地の一角に置いたものだったようである)
もう1つ、前回、前々回と比較して大きく異なって来た実感があったのは、訪問者に多様さを少なからず感じることができたこと。前回迄はほぼ全て黒スーツに身を固めたビジネスマンに限定された展示会の趣で、学生を連れて入場した私は、場の雰囲気から浮いてしまった感覚を持ったのであるが、今回はまだまだ典型的なビジネスマンの出で立ちの来場者が多い中でも、ジャケットなど比較的自由な服装の来場者も見受けられるようになり、風通しの良さを肌で感じることが出来たようにも思うし、縁遠いと思われているデザインについてもセミナーテーマに選ばれるほど関心が高くなって来たことは良い兆候のように思う。

来年は、ベルリンで鉄道メッセINNOTRANSが行われる。鉄道技術展との大きな違いは、出展社数や展示敷地面積はもちろんであるが、メッセ会場敷地に線路があるため、多くの実車展示が行われることである。幕張メッセには残念ながら線路が引き込まれていないので物理的にもこのような展示は難しいが、将来的には、是非多くの実車が展示されるアジア最大の鉄道メッセとしての地位を確立して欲しいものである。それにしてもセミナーの聴講も含めてだったので、全てのブースはおろか主要なブースすら満足に見て廻れなかったのは残念な限りであった。
タグ:鉄道技術展
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路面電車EX 02 [日本の鉄道]

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画像の雑誌「路面電車EX 02」が届いた。創刊2号のこの雑誌、日本で唯一の路面電車にスポットを当てた趣味誌である。趣味誌とはいえ、その内容は専門誌らしく、かなり深く掘り下げた記事が多い。

特に今号は、特集が「福井鉄道の挑戦」と題し、鉄道黎明期から最近デビューした新しいトラム車両(FUKURAM)が登場する迄の歴史から周囲の状況迄細かく記されている。この記事を読むだけで福井の公共交通の大まかな流れや問題点などが全て理解出来てしまう程の内容の濃さである。

今号はLRVデザインにも触れられている。記事は、近畿車両が手がけた北米向け車両のデザインについてである。最近欧州ばかりでなく北米でもLRTは増えているようであるが、その一部は近畿車両が製造・輸出した車両である。国や地方の事情でデザインも大きく変わることが良く理解出来る。

もう一つ、フランス・パリのトラムについての記事が印象に残った。フランスは、ここ20年でかなりの都市がLRTを導入し、それらを憶えるだけでも大変であるが、特にパリは、交通局による5つの路線について、この記事で詳細に解説されている。システムも様々な5つの路線は今迄良く把握出来なかったが、この記事で良く理解できた。パリと言えば中心市街地を網の目のように走るメトロが有名であるが、メトロ、バス、トラムの3つのシステムが相互に補完してパリの公共交通を担っていることが分かる。記事を読み進めるにつれ、是非パリでトラムに乗ってみたくなってしまった。

これから益々注目されるであろうトラムに特化したこの雑誌、まちづくりに興味があれば、趣味ではない方にも是非お薦めしたい一冊である。

書店には明日19日から並ぶとのこと。以下は、アマゾンへのリンク。


路面電車Ex02

路面電車Ex02

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: イカロス出版
  • 発売日: 2013/10/19
  • メディア: ムック



タグ:LRT Zeitschriften
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鉄道博物館とDB [日本の鉄道]

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今日、東京に出る用事があったので、その帰りすがら初めて大宮の鉄道博物館に立ち寄った。開館当初から気にはなっていたものの、入場者の多さが気になり中々モチベーションが高まらなかったというところが本音であった。そんな中でも気になっていたのが、宝町の喫茶店「01」に置かれていた故篠原正瑛氏所蔵の01形動輪の存在である。動輪は、喫茶店閉店後、神田の交通博物館に移され、その交通博物館も大宮に移転となってどのような扱いになったのか知りたかったのだが、ひょんなことから交通博物館に勤務されているH氏と知り合ったことで、その存在と置かれている場所を耳にし、急に01動輪見たさに交通博物館に行くことになった....という訳である。(上画像は、鉄博お決まりの構図である。)

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01形動輪は、意外にも鉄博へのアプローチの最初に見える場所に鎮座していた。久しぶりの再会である。2mクラスの動輪は確かにデカいが、動輪1つではやはりその大きさをリアルに実感するには、難しい。この動輪の隣にはD50だったかの動輪も置かれていたので大きさは容易に比較出来るが、貨物用機関車の動輪とは単純に比較しずらい。どうせならC55あたりの動輪なら同じスポーク車輪で日独急客機動輪比較も出来ようもの。

改めて動輪を見てみると錆び止めのためか、車軸やリムにあたる部分に塗装が施されている。特に動輪外周部分に白色が塗装されているのは残念に感じた。せめて動輪スポーク部分と同じ赤色であったほうが実機のイメージに近い。

鉄博に入場したところでH氏に初めてお会いすることが出来、案内していただいた。展示物の車両についてはもちろん、その保存方法や裏話の数々を伺うことが出来たのは、楽しく時間の経つのが早いこと。

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篠原氏のコレクションは、01の動輪だけではなかった。鉄博2階にある資料展示室の目立たないところにひっそりと置かれていたのは、DB機関車の銘板の数々、03のナンバープレート、サボ類、尾灯ランタンなどの備品の数々。(上画像)
これらは企画展のような形でしっかりと展示してもらえる機会があれば嬉しいのだが...。

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その資料室に0系新幹線の木型モデルが数台置かれていた。当時は、クレイモデルなどなかったに違いなく、形状モデルは全て木製である。小田急のSE車からの流れを汲んだ先頭部デザインの進め方が垣間見れ興味深い。

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更には、ヘッドマークも幾つか展示されていたが、その中の2つが興味を惹いた。1988年に日本を訪れたIntraflug社のNIOEによるCIWL客車の牽引機関車に掲げられた2種のヘッドマークである。確か牽引機のD51だったかには、この紺色のヘッドマークが掲げられたのを写真で見た記憶がある。丁度この列車が日本に向けて走っているとき、私はドイツに旅立った後であった。鉄道100年で東京に蒸気機関車列車が走った時は寮生活で見ることが出来ず、そして1988年のCIWL客車列車も日本では見ることが出来なかったのは、そういう運命だったのであろう。

メインの展示場から少し離れた場所にある0系新幹線の先頭車の展示は印象に残った車両である。量産1次車両だけあって、サボ受けタイプの行先表示付き大窓車両で、室内もオリジナルである。懐かしい思い出のある車両であるが、一方で今見てもさほど古さを感じなかったのは、設計された星氏のスイス時代に車両デザインを勉強された賜物であろうと思う。

時の経つのも忘れて「鉄」話に夢中になったH氏と館内で別れた後も小1時間、展示車両を眺めながら昭和以前の懐かしい車両達を巡りながら当時に思いを馳せることが出来た。また来たいと感じた博物館である。
欲を言えば言いたいことはあるのだが、それでもこれだけの車両達を大切に保管展示するJR東日本の姿勢には敬意を表したいと思う。

参考サイト:鉄道博物館
http://www.railway-museum.jp/top.html
タグ:DB BR01 JNR

懐かしの?甲種車両輸送(12) [日本の鉄道]

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少し前に片付けをしていたら、1980年代初めに「撮り鉄」時代だった頃の写真プリントが菓子缶に大量に入っているのが見つかった。その多くが当時のブルトレだったり、登場したての185系、首都圏にまだ走っていた旧型電車、また東北上越新幹線開業前の特急電車だったり...と、様々な写真を見ながらこんな時もあったと思い起こしてみた。当時の私はドイツや欧州の鉄道は鉄道誌などの紙媒体とメルクリンからしか知らなかった頃の話である。
そんな中、上の甲種らしき白黒列車の写真を発見した。どうやらこれは、EF64 1000番台の艤装前の車体輸送のようである。

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場所は、大宮駅であろう。(奥に東武野田線らしき電車が見える)また、生憎の天候で思うような写真にはなっていない。牽引機は、EF65PF。当時大人気だった九州方面のブルトレ牽引機と同じ形式。(但し東京機関区ではなさそうなので、これはブルトレ牽引機ではない)
今やこれら甲種の機関車も民営化以降の旅客客車列車の減衰もあって、全盛からは1歩後退という感じであろう。

電気機関車の構体を甲種で回送する光景は、私が撮り鉄をしていた中では最初で最後であった。そういう意味ではこの写真も貴重な一コマになっているのかも知れない。

27 伊香保電車 [日本の鉄道]

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少し前に当ブログで個人所有の唯一の伊香保電車(27号)の車体が移設するという記事を書いたが、先日ようやく春らしいうららかな昼下がりに、この唯一の移設前の伊香保電車に逢いにゆくことが出来た。
茶色とクリームに塗られた車体は屋外に置かれているにも関わらず保存状態は良好と感じた。何度もオーナーの手によって塗装され直されたものと推測できる。これでレールがあって下回りと屋上機器が装備されていたら今にも動き出しそうな感じであるが、残念ながらそれらの重要部品はない。

設置されている場所の光線状態が良いコンディションとは言えなかったのだが、以下撮影した画像を...。

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サボや社章、「27」の車体番号も美しくレタリングされている。以前ここでも記した田部井氏の写真集「IKAHODENSHA」によれば、「27」号は、3路線(高崎線、前橋線、伊香保線)のうち伊香保線(渋川 - 伊香保)で走っていたようである。

特徴的な外釣り式ドアを開けると車内に入る事ができるが、外からの撮影も含めて、もちろん所有者の許可を得て行っている。

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制御機器は取り外されてはいるものの、現役時代からのロングシート、特徴的な窓、荷棚などはそのまま。この時は、陽気の良さも手伝ってそのまま動き出してしまいそうな錯覚に陥るほど..であった。
この歴史的なトラムも暫くすれば伊香保温泉街で新しいシンボルとして多くの温泉客の目に触れることになろう。願わくば、レールを含めた下回りや、屋上機器を載せて、いつまでもこの姿を後世に伝える役割を担って欲しいものである。

今、東京は桜が満開であるが、当地はまだ暫く時間が必要なようである。伊香保温泉に移設前の満開の桜の下でもう一度この伊香保電車を見れればと少し名残惜しい気持ちで、ここを後にしたのである。

雷門地下鉄直営食堂のラベル [日本の鉄道]

DBやFSのペーパータオルなど、写真アルバムに貼付したものが片付けで発掘され、当ブログでも紹介してきているのであるが、これらを整理した1985年頃、亡き祖父から貰った幾つかのラベル類を同様に写真用アルバムに貼付したものも出て来た。それらはビール瓶のエチケットであったり、マッチ箱のラベルと思われる小さな広告を丁寧に剥がしてあったものである。どうも私の妙な収集癖は、先祖からのDNAがそうさせたのかも知れないが、読込んでみると絵柄と共にそこに記されている情報が面白いのである。

その中から鉄道関係のものが2枚出て来たので紹介してみたい。

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これは、東京地下鉄道の社章と浅草雷門ビル、そして地下鉄の絵が描かれている。雷門ビルは、ここには「地下鉄タワー高サ(40メートル)」と記されている。タイトル文字でもある「雷門地下鉄直営食堂」やビルの絵の説明から、このビルは東京地下鉄道直営の食堂であったことが窺える。このビルはどうやら全て食堂であったらしく、階によって異なるサービスが受けられるほどの大きいレストランでもあったようである。興味を惹くのは、2、3階の「禁酒食堂」というフロアである。今なら禁煙フロアなのかも知れない。時代の要請によって変わるのであろう。
ここは東京の中心地の一つであった浅草の(当時としては)高層ビルであることや最先端の交通機関であった地下鉄と一体となったレストランであったことからも、当時を生きた人には有名であったであろうことは容易に推測できる。
ビルの画像は以下アドレス。

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3e/Tokyo_Underground_Railway_Building_circa_1930.JPG

この絵柄から、食堂の広告でありながらも地下鉄を意識したもので、ビルは地下鉄浅草駅と直結していることも窺える。

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このラベルは、最初の画像のラベルと同じマッチ箱?に貼られていたものと推測できる。おそらく表裏にこれら2枚のラベルが貼られていたのであろう。
こちらも地下鉄食堂の営業時間が記されている。同時に絵柄が地下鉄路線図というのが直営らしい。グラフィックとしては、2枚とも1920年代らしい当時の先端をゆくモダンを感じる。雷門ビルの絵柄はバックの黄色はもちろん当時の地下鉄のシンボルカラーである山吹色。ベルリン地下鉄を参考にしたというのは、その工事方法だけでなく、軌道システムや車体色もそうである。

路線図を眺めてみると営業路線は今の東京メトロ銀座線、浅草 - 末広町間のみである。三越(現三越前?)迄工事中で、計画路線である新橋から渋谷方面ではなく、品川、馬込方面への計画されているところを見ると、当時は都営浅草線をトレースしているようである。
また、Wikipediaでは、浅草-上野間は1927年で、万世橋(仮)迄は1930年の開業と記されていることから、末広町迄の開通は、その間ということになろう。

調べてみると、現在の渋谷へと結んだ背景に様々な経緯があったようであるが、もし品川迄銀座線が結ばれていたら、また違った東京の姿になっていたかも知れない。

この路線図は「省電」と記された、今のJR山手線に当る路線図も一部記されている。この山手線は、現在のような環状線として運転されたのは1925年からとのことなので、このラベルの当時、環状線化されて数年後と思われる。東京の交通が発展途上で都市機能のインフラが次々と拡充してゆく時代であったのであろう。また、東海道本線(横浜方面)については、今とは異なり汐留発着が窺われる。

このような小さな広告2枚でも、そこから読取れる情報は様々で興味深い。

参考サイト:
東京地下鉄道 / Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/東京地下鉄道
東京地下鉄銀座線 / Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/東京地下鉄銀座線
昭和初期の絵はがき 地下鉄銀座線2 / 昭和からの贈り物
http://ohoshisama.info/syowakarano/03syouwaA/syouwaA36ginzaline.htm

[EDIT] 2017-05-09

懐かしの?甲種車両輸送(11) [日本の鉄道]

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前回のゴハチ牽引の営団車両の写真と共に出て来たもう1枚の甲種車両を牽引しているゴハチのトップナンバーの写真です。この甲種は、おそらく京王6000系電車でしょうか。撮影日は、1981年9月28日とあります。最近我が家で発掘された?当時の運用予定をまとめた紙面によれば、神奈川臨海通運向け電車として日本車両製造から塩浜(操)までの新車輸送とあります。その新車である京王6000系は既に廃車となっています。私が新宿から高尾駅まで京王を使って通っていた大学生時代は、京王電車といえば、ほぼこの形式だったこともあって、自分自身の京王のイメージは6000系です。

甲種で輸送されている時は、軌間の違いから仮台車を履いて走行しているはずです。ただ、車体断面は、国鉄の車両限界内であるのでしょう。撮影場所は写真にデータを記していなかったので何とも言えないですが、東海道本線の函南 - 三島だと考えられます。

牽引機は、ゴハチのトップナンバーである1号機。小窓に黒Hゴム支持、外ハメ式の尾灯ケースと決して美しい姿とは言えないものの、やはりトップナンバーを確認した時は嬉しかったはずです。

参考サイト:京王6000系電車 / Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/京王6000系電車

参考文献:RAILGUY '82 Sumer / 青鈴書房
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